広く浅く[blog.goo.ne.jp/taic02より移転]

https://blog.goo.ne.jp/taic02 から移転。秋田市を中心に青森県津軽・動植物・旅行記など、広く浅く、時には中途半端に深く、いろいろと。

弘南バス '25-1 大型増

2025年10月の弘前直近の訪問記はこちら
今回は、イトーヨーカドー弘前店の後継店舗を軽く触れた後、弘南バスの話。


この記事の通り、ヨーカドーの中でも優良店舗だったという弘前店も、セブン&アイ・ホールディングスのスーパー切り捨て&地方切り捨ての方針により、2024年9月で閉店。ロピアへ譲渡されて「CiiNA CiiNA 弘前(シーナシーナ)」となった。地下食品売り場はロピア弘前店。
食品売り場のレイアウトは、基本的にはイトーヨーカドー時代と大差ない。ただ、店員さんが各コーナーで呼びこみ・声かけをしてるなど、にぎやかで活気がある。悪く言えば、少々雑然としている。

1階の北側正面玄関には、広大な風除室みたいな空間があって、そこから地下へ行き来するエスカレーターがある。それを下りれば、ヨーカドー時代は弁当(大館の花善の鶏めしもあった)やパン売り場があった。青果売り場は、レジ・2階以上へもつながるエスカレーターをはさんで反対の、駐車場連絡通路やバスターミナル側。

ロピアになっても、パン売り場はほぼ同じ位置。ロピアプライベートブランドの安い食パンがあって、それは工藤パン製造(他地域では山崎製パンなのだろう)。イギリストーストなど工藤パン製品もけっこうそろっていた。弁当売り場は奥へ行って、鶏めしはなさそう。
しかし、そのパン売り場側の通路には、商品棚が置かれて、出入りできなくなっていた!
つまり、青果売り場側から入って、反時計回りで外周を回ると、ここで行き止まり。レジを通るか、青果売り場へ戻らないと外へ出られない。
防犯上の理由かもしれないが、防災上はどうなのか(許されるからやってるのでしょうけど)。
風除室のエスカレーターを下りてロピアへ入店する人は遠回りさせられることにもなるが、考えてみれば、このルートで入る客は多くはないのかも。

 

1階南のバスターミナル出入口にあった、セブン銀行ATMは、地下のロピアのレジ・エスカレーター付近に移動。意外と言えば意外。
弘前市が設置する「ベジチェック」が、駐車場通路付近にあるという古い(ヨーカドー時代)情報を見かけたが、今はなさそうだった。
忘れていたが、駐車場通路には動く歩道とオートスロープ(傾斜した動く歩道)があった。オートスロープは1995年の増床時にできたらしいが、動く歩道は開店時からだろうか。
とすれば、秋田市より古くから存在したことになりそう。オートスロープは1986年の長崎屋秋田店(中交ホリディスクエア。現・ドンキ)が初? 1997年の秋田駅自由通路も、微妙に傾斜があるからオートスロープか? じゃあ、秋田市には純粋な(傾斜なしの)動く歩道はないのか。

 

来店客は、ヨーカドー時代と変わらず多い。ヒロロ(旧・ジョッパル、ダイエー弘前店)地下の佐藤長がなくなって、弘前駅西側唯一のスーパーだからでもあろうけれど。
1階南側の弘前バスターミナルでは、買い物を終えた高齢者を中心とした人たちが、各方面へ向かう帰りのバスを待っていた。これもヨーカドー時代と変わらない。

入口のヨーカドーの表示をうまい具合にシーナシーナに変えた
店舗出入口すぐは、ミニバス城南線や大鰐・碇ヶ関線の乗り場。11時00分発の碇ヶ関行きの乗客は、中型バスにちょうど収まるくらいか。

バスターミナルには、ヨーカドーと同時にオープンし、ほぼ同時に閉店した、立ち食いそば・売店「産交売店そば店」があった。弘南バス系列「産交」の運営。
その跡地は、

広いというほどでもないが、がらんと空いた


ここから弘南バスのこと。この記事で触れたように、2年以上訪れなかった間に、路線再編、車両更新が進み、路線番号(系統番号)表示が実施されていた。
上記、ミニバス城南線と大鰐・碇ヶ関線も、若干変わった。
城南線など、桜ヶ丘団地の中へ入る路線が2024年12月に再編。折り返し場だった旧桜ヶ丘案内所が廃止され、団地内で環状運行してそのままバスターミナルへ戻る「ミニバス城南環状線」となった。金属団地・桜ヶ丘線も変わっているが、別記事で。
大鰐・碇ヶ関線は、かつては奥羽本線津軽湯の沢駅に近い、岩渕公園前が折り返しだった(行き先表示は「碇ヶ関」)。2024年4月から、碇ケ関駅前の道の駅いかりがせき折り返しに短縮。

大鰐・碇ヶ関線は、弘前市のバス路線としては幹線の位置付け。
弘前バスターミナル発は毎時00分。路線番号も「10」と一般路線ではいちばん若いのかな(市内循環バスは10未満)。上の写真の通り乗客も多く、本数は減っていない。
11時00分は中型バスだったが、13時00分発はマイクロバス(三菱ふそうローザ)だった。中型か小さいのか、どの車が来るのか分からないのは、2000年代以降の弘南バスでは当然のこと。
その間、12時00分発は…
【26日補足・以下、紹介する3台は、号車番号の末尾が「-2」なので、弘前営業所(小栗山)配置。】

なんと大型バス!!
51910-2号車。日野ブルーリボン2、ノンステップ。2023年に来た東京都交通局の中古。
岩渕公園へ行っていた頃から、大型車が入ることがあるとは聞いていたけれど、小栗山線、学園町線以外に大型バスが使われるのを、ものすごく久しぶりに見た。

 

ところで、大鰐・碇ヶ関線は、JR奥羽本線とおおむね並行したルート。さらに、大鰐までは弘南鉄道大鰐線もあるが、ルートは重ならない部分も多い。※弘南鉄道と弘南バスは起源は同じだが、現在は資本関係はなく、つながりは薄い。
大鰐線は2028年春に休止(実質廃止)されることが決まっていて、その代替交通の検討が進んでいる。最近の報道によれば、弘南バス大鰐・碇ヶ関線の一部便で、一部区間のルートを変更して対応することになるとのこと。
門外や堀越を通らずに、小栗山のほうへ回る経路のようだが、現行のバス利用状況を踏まえると、乗車機会を奪われる人もいそう。東奥義塾高校の通学需要もあるだろうし、増便するのだろうか。

 

2020年当時は、弘前市内に大型車相当の車は2台(うち1台は中型ロングボディ)しかなかったが、その後、いくらか増えて、運行路線も拡大しているようだ。

11901-2号車。いすゞエルガ、ワンステップ
上の都営中古と同じ2007年製ながら、客席窓が引違い(メトロ窓)の珍しい仕様。
国際興業バス中古の、路線・貸切兼用のいわゆる「ワンロマ車」で、車内は2人掛け座席(一般的な路線仕様と同等でリクライニング等はなし)。国際興業時代にあった折りたたみの補助席(補助椅子)は、現在は撤去されているものの、前の背もたれにはカップホルダーと網袋(ゴムが伸びてよれよれ)が残っているそうだ。
1990年代の弘南バスでは、自社の観光車を路線用に格下げしたものはよく走っていたが、ワンロマは珍しいかも。
秋田市交通局(秋田市営バス)のワンロマ車は、車体塗装が違い、2人掛け座席(リクライニングなし、補助席なし)で、昭和に導入されたものは灰皿がある程度の差異だった。

この日は、小栗山線のほか、15時10分発岳温泉行き(昔はたまに大型運用があった)にも充当されていた。


さらに、都営バス中古の中型ロングも、小栗山線を走っていた。

51522-2号車。日野レインボー、ノンステップ。移籍当初は五所川原営業所配置だった

 

昨今の乗務員不足による減便の結果、乗客としては乗車機会が減るのはもちろん困るが、少なくなった便に乗客が集中して車内混雑するのも困る。秋田市の新国道や牛島方面など。
弘南バスの場合、2000年代以降、小型・マイクロ化が進んでいたところへ、再び大型バスが入った(次の記事で取り上げるつもりだが、小型が減って中型バスの割合もやや増えた印象)。1台当たりの収容力・輸送力としては桁違い【27日補足・マイクロと大型では3倍前後違うでしょう】なので、混雑は多少改善しているととらえられるだろうか。弘南バスがその意図で大型を増やしたのかどうかは分からないし、マイクロバスがなくなったわけではないので、混む時は混むだろうし。
大型車以外について続く

gooブログ終了

2025年11月18日11時をもって、gooブログがサービスを終了した。
11時09分頃にアクセスしてみたところ、「403 Forbidden」になっていた。【12月4日追記】403エラーになるのは、ユーザーがログインしてアクセスする管理ページ(https://blog.goo.ne.jp/admin/など)だけかもしれない。12月4日時点でブログのトップや各記事にアクセスすると、ドコモのページ(https://smt.docomo.ne.jp/portal/src/2511_info_goo_end.html)へ転送され、「サービス終了のお知らせ」「gooサービスをご利用いただき誠にありがとうございます。お客様がアクセスされたgooサービスは終了いたしました。」等が表示される。(以上追記)

 

gooの当ブログへの累計アクセス数は、18日朝の表示、すなわち17日分までで、閲覧数2351万6332PV、訪問数775万5607UU
当ブログは2008年9月12日に始めたそうなので、6275日間。単純計算で1日当たりでは3747.6PV、1235.9PV。
昨2024年1年間では、190万0210PVと73万6485だったので、1日当たりでは5191.8PVと2012PV。続けるうちに、年々、多くの皆さまに見ていただいたことになるのだと思う。
のだが、毎年のように、年末や正月の記事で触れていたように、gooブログのアクセス数表示というのは、どうもアテにならないらしい。
はてなブログアクセス解析では、今のところアクセス数は1日200(単位は表示されない)前後。
gooは検索エンジンやAIのアクセスも含んでいたということなのだろうか。
アクセス数をかせぐつもりはないが、200人? 回? 見てもらえるだけでもありがたい。

 


gooブログは2004年3月に始まったそうで、21年で幕を下ろした。短いように思うが、日進月歩のITの移ろいの中では長いととらえるべきか。
gooブログユーザーの中には、得体の知れないIT企業【12月2日補足・当時の認識として】などでない、NTTグループの運営だからと安心感で選んだという人もいただろう(僕もどちらかといえばそれ)。電電公社→NTT社員またはOBだからという、愛社精神あふれる人もいらした。2019年に終了したYahoo!ブログなどからgooブログへ移転した人もいたが、再び移転を迫られたことになる。
移転せず、もしくは移転できずに、消えてしまった貴重な情報や思い出も少なくないはず。長く残るのが(ホームページや)ブログのメリットなのだが、いっときだけ盛り上がって、やがて流れて忘れ去られてしまうSNSのほうが好まれる時代か。

 

そればかりか、2025年11月25日には、ポータルサイトのgooも終了することになった。
1997年3月27日開設で、国産ポータルサイト(という言葉は当時は一般的ではなかった)の草分けであるgooさえ、なくなってしまうのかという感慨が浮かぶが、一方で、考えてみれば、もう何年もgooトップページにアクセスしていなかった。
gooの運営会社がNTTドコモになって、「dメニュー」サイトとかぶってしまうし、NTTグループとしてはgooブランドそのものをなくしたいのだろう。


僕がインターネットを初めて使った(アクセスした)のは、1997年の4月。gooはスタートの翌月だけに、まだ知らなかった。
当時、ネット検索としてヤフーは知られていたが、人力で分類したリンク集みたいな「ディレクトリ型検索エンジン」がメイン。
その後、あまり遅くない時期に、今のGoogleなどのようなネット全体から探す「ロボット型検索エンジン」の存在を知って、使うようになった。Googleはまだなかったけれど。
初期に使ったのが、Infoseek(インフォシーク)とgooだった。
Infoseekは日本では1996年サービス開始。1998年に日本法人を設立し、2003年に楽天が吸収。

それらをどこで知ったのかといえば、パソコン雑誌だったような気もするし、Infoseekは大学の情報処理センターのWindows3.1パソコンのブラウザ「Netscape Navigator」のスタートページだったような気もする。後にgooのほうをよく使うようになったと記憶するが、それは日本の検索エンジンだからという理由。

そうそう。明日、2025年11月23日でWindows95日本発売から30年。当時の思い出について2015年の記事。【23日補足・2015年から2025年の10年間を振り返れば、生成AIの普及などの技術革新はあったが、末端のユーザーがパソコンやスマートフォンを使う分には、さほど変化はなかったと感じる。1995年から10年弱の激変に比べれば。】

黒くなった「千秋公園」

秋田市街地の千秋公園は、クマ出没により、10月26日から全面立ち入り規制され、(11月4日に一瞬解除されたが、再出没で再閉鎖)11月13日に解除された。この記事参照
秋田市では、11月18日に初雪、19日朝には初積雪(1センチ)となって、いよいよ冬らしくなった。
クマの出没はいくらか減ってきた印象はするものの、19日には千秋公園周辺から保戸野・大町(仮にも商店街・オフィス街にクマとは!)にかけて目撃情報が相次いでいて、まだまだ気は抜けない。今回のクマは、公園内に留まらなかったため、閉鎖はなし。

19日午後、あきた芸術劇場ミルハスや秋田市立中央図書館明徳館近くの、千秋公園の「大坂」の下。江戸時代は別として、現在では、千秋公園の正面出入口として扱われている。

雪はほとんど消えた
坂の突き当りが色鮮やか。モミジ・カエデがあるのと、斜面がケヤキなどの落ち葉で覆われているため。

立ち入り規制時は、当ブログの写真(上記リンク先)のように、公園のすべての出入口が封鎖されていた。だが、各マスコミはこぞって、ここにバリケードと市の車(建設部公園課のごみ収集車など)が置かれた光景を撮影・報道していた。
それを見て、変化に気付いた。
時折通る場所ではあるが、注意を向けずにしまっていた。

 

それは、坂の下左右にある、「千秋公園」と記された木製の門柱。当ブログでは表札と呼んだ。
2021年7月頃に新設され、4年経って多少の汚れが付き、木目は色が薄くなったが、それ以外に。

現在

 

(再掲)設置当初

千秋公園」の文字の色が、白から黒に変わった!
設置当初、木目に白文字では見づらく、なんかヘンに感じた。その後、木の色が薄れて白っぽくなって、余計見にくくなって、見かねて黒くしたのだろうか。
Googleマップストリートビューでは、2024年5月時点ではまだ白文字なので、ここ1年半の間のこと。

黒でなぞったのか

民家の表札とか、「なんとか捜査本部」の看板だって、木製なら黒文字にするのが一般的でしょう。最初から黒にしておけばよかったのに。

住吉入口交差点 '25

2025年10月の弘前前回の記事

2020年の訪問時、大きく変化しつつある場所があった。2021年頃には工事が完成し、ストリートビューでは見ていたが、現地へ行ってみた。
暗くなり始めたのと、時間がなかったこともあって、内容が分かりづらいかもしれません。詳しくは、ストリートビューででもご覧ください。

中土手町から青森県道127号・富田大通りに入ってすぐ、山道町、品川町、富田一丁目、住吉町の境の交差点。交差点に名前は特にないようだが、「住吉入口」バス停が近くにあるので、住吉入口交差点とさせてもらう。また、この記事では、土手町から弘前大学文京町地区方向へ向かう視点で話を進めます。

中土手町を背に、弘前大学方向
右側はかつては「カリ・マハラジャ」など店が並んでいた。2020年同様、シャッターが下りたままの建物・区画が多い。
在学当時の帰省から戻った時も、卒業後も、徒歩でも路線バスでもここを通ると、大学や自宅が少し近くなるわけで、気が引き締まるような懐かしいような気持ちになる。

 

この先で大通りは左へ大きくカーブ。

2018年6月。左側の建物はなくなった

カーブの先に丁字路(右・吉野町方向へ行く道がぶつかる)があったのだが、

大激変
沿道の建物がなくなったこともあるにしても、ここがどこだか分からず、富田大通りだとは思えない。
左奥の神社(松尾神社だそう)とその木以外、全部変わってしまった。なお、神社敷地でも、低木や一部建物がなくなっている。右奥は弘前中央病院だが、昔は沿道の建物に隠れて、ほとんど見えなかった。

何が変わったって、従来の丁字路よりも手前の位置に十字路交差点ができた。
右折して弘南鉄道大鰐線中央弘前駅前へ至る道が新しくできたのも、大変化だが、それは工事時点で予想がついた。
戸惑ったのは、旧・丁字路で右折していた吉野町方向が、新・十字路で直進方向になったこと。
さらに、かつてはカーブするものの道なりであった弘大方向が、新・十字路では左折しなければならくなったこと。大通りの線形も若干、変わった。

弘前駅行きの路線バスは、ここで右折することになる。時差式や右矢印信号はなし。土手町方向は隣の交差点との間隔が短く、以前は渋滞気味のタイミングもあった。現在はどうだろうか。


ちなみに、新・十字路の信号機。車両用は低コスト・フラット型で、青森県らしく横向き設置。土手町吉野町側は両面設置で、弘大~中央弘前側は片面設置。歩行者用は、長いフードのものもあるので、旧・丁字路からの移設品もあるようだ。

新設された案内標識
中土手町から進んできた側の案内標識は、上下方向が狭く、なんだか見づらい。弘前総合医療センター(国立病院機構弘前総合医療センター。旧・国立病院)と弘大が左折、岩木山弘前城は右折。直進方向には何もなし。実際には、岩木山弘前城へは直進しても行かれなくはない。
細かいことを言うと、左と右で目的地の表示順がおかしい。この地点から近い順では、左は僅差だが医療センター→弘大、右は弘前城岩木山北陸地方整備局サイトには「同一方向に複数の地名が表示されている場合は、左側または上側に遠い地名が表示」とあるので、左側が(いちおう)間違っている。


大通りを弘大方向から来た側にも案内標識が新設されたが、そちらは上下が一般的な長さ。左折方向には、同様に何も表示がないので、左が広く空いている。右折方向は「青森」「大鰐」。
また、中央弘前駅から来た側は、右折方向に「弘前れんが倉庫美術館」が記されている(直進の医療センター、弘大の順番も正しい)。この道は弘前市道なので、県道側と統一しておらず、美術館が市の施設だから表示したのか。

 

引き続き土手町を背にして、道路向かい側へ渡る。右奥に弘前れんが倉庫美術館、右端に雲に隠れた岩木山。どちらも以前は見えなかった
↑2024年5月でも、倉庫の前側に数本の木が生えていて、それに隠れていた。この1年半で伐採されたことになる。

 

進んで交差点を左折して振り返る。弘大方向を背に。右が土手町。線形が変わった分、歩道が広くなった。右の黒い車がいるのは道路外

時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」より。左は1994年修正、右が現在。黄色が大通り
地図で見ると、富田大通りの線形は大して変わっていないように見えるが、現地を通るとそうではない。
中央弘前駅前の道路拡張、古いけれど2008年の松森町~富田大通りの県道109号開通と並ぶ、弘前市街の大きな変化。
冒頭の通り、空き店舗が増えているのは、道路再編以前からではあるが、居酒屋あどはだり(土手町へ移転)とか、スーパーマーケットマルサンとか、土手町とつながるように店があった一帯も寂しくなったことも相まって、繰り返すが大激変。

 

一方、2021年に、富田大通りの弘前総合医療センター前~弘前大学正門付近が変化しそうだと記事にしていた。今回は時間がなくて(裏の変電所跡へ行ったので)見られなかったが、そこはさほど変わっていないようだ。

 

弘前の話はまだまだ続く。バスや食べ物の話が中心となるでしょう。

弘南レッドブルバス

2025年10月の弘前前回の記事
2年4か月の間に、弘南バスもいろいろと変わっていた。
乗務員不足を主な理由とする路線再編、路線番号(系統番号)の表示、番号表示や車両更新に伴う方向幕車両の全廃(たぶん)など。それらはまた後でアップする【この記事など】として、今回は土手町循環バスの車両について。

 

車両以外のことを先に触れておく。
弘南バスでは、2024年12月に運賃改定が実施された。一般路線は初乗りが170円→200円で、弘前発着の路線(一部除く)では、利用促進のためとして、上限を500円とした。
土手町循環バスなど100円区間は、現金払い150円・IC払い(MegoICaに限らず、SuicaPASMO等も対象)130円に。1998年の運行開始時からいたであろう、100円玉に手足が付いたキャラクターはお役御免となり、その姿を消された看板もあった。
秋田中央交通のように、IC化で割引率を大幅に下げ、改定時にも一律に値上げした事業者もあるが、弘南バスは多少なりとも利用者が得に感じる方策をしてくれている。
【16日補足・秋田市中心市街地循環バスは、秋田市が運行主体であり、100円の運賃でまかないきれない分が税金から補填されている。100円で乗れるといっても、秋田市民としては手放しで喜ぶべきではない。一方、土手町循環バスは、どこからも補助を受けない(最初の1年は除く)弘南バスの独自路線なので、130・150円で採算が取れていることになる。】

 

土手町循環バスの路線番号は、トップの「1」。
番号を表示するのは正面の表示器のみで、番号は左に□囲みで表示。秋田中央交通と同じ配置だが、表示器メーカーが違うので、書体や太さは異なる。
方向幕時代は「土手町循環100円バス」と全部同じサイズの縦長文字の表示だった。番号導入前のLEDでは、上段小文字「100円バス」、下段大文字「土手町循環バス」。
番号導入後・値上げ前は「1」の右上段小文字「100円バス」、右下段「土手町循環」。
値上げ後、現在は「1 土手町循環バス」。


車両について。
近年は、弘前営業所の一般路線バス車両(中型車。まれに大型車も??)が、土手町循環バスも兼務している。新しめの車など、充当されやすい車両はあるようだ。
この時は、復刻塗装のレインボーも入っていた。

(再掲)

52904-2号車

(再掲)2008年頃。復刻でないホンモノ塗装

 

こんな車も(土手町循環専属のようだ)。


全体の第一印象は、紺色。
弘南バス乗り場に入ってきて、かつバスに興味と知識がある者が見ているから、弘南バスの路線車だと理解できたけれど、この“大きい車”に乗っていいのか戸惑うかもしれない。旅行客や路上のバス停から乗る人など。
弘南バスでは史上初かもしれない、客席ガラスや屋根上にもラッピングが施された、フルラッピング広告車。秋田市でも、ここまでフルラッピングはなかったのでは。
ドア側いちばん前の側窓にもフィルムが貼られ(「乗合」と表記)ているので、車内からは、ちゃんと外が見えるフィルムなのだろう(昔の秋田市営バス)。

ほんとうにフルラッピングで、弘南バスの地色はまったく出ていない。
正面中央に小さく弘南バスのロゴ、ドア側側面の後輪直後に小さめに車両番号と「弘南バス」、運転席側側面の最後部に小さめに「弘南バス」、後部にはやや大きく番号と「弘南バス」が表記され、弘南バスだと分かる。

 

番号は「10401-2」号車だから、令和4(2022)年のいすゞ製(エルガミオ)ということになる。弘南バスでは、ここ30年近く、いすゞの路線車は新車購入していなかった。日野レインボーと共通車種になってからも変わらず、並々ならぬこだわりがあるようだ。
この車は車齢わずか3年だから、当然新車で、心変わりしていすゞを新車購入したかと思った。だがそうではなく、中古車だそう。大阪バス(旧・大阪市営バス大阪シティバスとは別の、完全民間企業)から来たそうで、かなり車両の入れ替わりが激しい事業者なのか。【17日補足・弘南バスとしては“良い買い物”ができたのだろう。】
かつ「10401」は、2022年いすゞ製の中で1台目の車を意味するので、この年はいすゞから新車を購入しなかったことになろう。
ナンバープレートは、絵入りの「弘前200か43」。当初【17日補足・遅くともラッピング開始時点でも】は絵柄なしだった。

 

側面には、スポーツカーが大きくデザインされ、一見、広告主がよく分からない(よく見ればロゴなどある)。前にはロゴが、後部には商品が大きく描かれている。


広告主はレッドブル

レッドブルのラッピングバスは、全国にあるわけではなく、弘南バスだけ。
両側面にORコードと「峠最速は誰だ」「撮影ロケ地 岩木山スカイライン」などと表記があるが、それだけでも、素人には分からない。
漫画「頭文字D」とレッドブルがコラボレーションして、岩木山スカイラインで撮影した実写動画を2025年1月に公開。そのYouTube再生数500万回突破を記念して、2025年6月頃から運行を開始したそうだ。

岩木山スカイラインは、自治体などでなく弘南バス系列の所有・管理なので、ロケ協力のお礼の意味も兼ねた、広告出稿かも。

 


ところで今回、土手町循環バスで走っているのを見たかった・乗りたかったバスがあったのだが、かなわなかった。
2025年3月に導入された、EVバス(電気バス・電動バス)。

国と弘前市補助金を受けて、中型車2台を購入。
それぞれ、黄緑ベースは桜、白ベースはこぎん刺しをモチーフにした車体デザインで、車内のシートカバーは青森県産りんご残渣(搾りかす)が原料。

 

メーカーは、中国資本の「EVモーターズ」。
大阪・関西万博のアクセスバスなど、各地で導入されたが、不具合が多発していることが発覚。弘前訪問と前後した時期に、国土交通省の調査で3割強に不具合が生じているとか、走行中にハンドルが利かなくなる事例があったとか、運行を停止しているバス事業者があるとか、報道が出ていた。
弘南バスや青森のマスコミからは、特に情報が出ていないようで、状況が分からなかった。
訪問時には、その日、土手町循環で運用される全車両を目にしたかと思うが、2台とも走らなかったということは、やはり、運用離脱させているのだと思われる。
EVモーターズの導入事例は、北東北では弘前だけ(北海道にはある)。寒さに耐えられるかと思っていたが、それ以前の問題だった。

ちなみに、中国メーカーでも「比亜迪(BYD)」のEVバスは、日本国内で安定した実績がある。岩手県交通十和田観光電鉄で使われている。
大阪万博では、BYDといすゞのEVバスも使われ、閉幕後、それらは関西空港ランプバスに転用されている。
そういえば、秋田県が開発したEVバスなんてものあったけれどね…


弘前の話題は続く

エルアンドデーのパウンドケーキ

個包装のスライスしたパウンドケーキをもらった。


「special made Pound Cake」という商品名のようだが、ブランド名はなし。
左は「マーブル」、右はグリーンティーならぬ「グリンティー」。1個約40gで、それぞれ229kcal、205kcal。

何がスペシャルなのか分からないが、どちらも味は普通においしかった。
製造者はどこか、裏面の表示は…

「株式会社 L&D」秋田市八橋大畑
裏面では「スライスパウンドケーキ」の商品名で、グリンティーは「グリーンティー(抹茶)」表記。

 

L&Dは、正式には「株式会社エル・アンド・デー」。
秋田経済界を代表する辻グループの企業であり、秋田においてイタリアン・トマトと密接な関係のある企業。自らイタトマのケーキを製造し、運営する店舗(昔は他社運営店舗もあった?)で販売している。
関連記事:アルヴェ店が閉店した2018年、秋田初のイタトマがあり、ダイエー秋田店が入っていた秋田ニューシティの思い出

往時と比べると店は減って、秋田市3店だけになってしまったが、うち1店・ドルチェリア 秋田まるごと市場店は2024年に新規開店。※ドルチェリアとは、要はケーキショップらしい?

 

このパウンドケーキには、イタリアン・トマトの名前はないから、エル・アンド・デーのオリジナル商品ということか。
ネットで調べると、八橋の工場併設のイタトマ(ケーキショップ 秋田八橋店)で売っているという情報はあるが、秋田県外での製造・流通はなさそう。
エル・アンド・デーでは、「ムッシュ・カトウ」というイタトマではないケーキ店をやっていたこともあるので、イタトマ一辺倒ではないのだろうが、ちょっと意外。
この2味のほか、チョコレート、レモン、レーズンと、計5種類あって、1つずつ箱に入った「スライスパウンド(5コ入)」という商品が2023年に存在していた。その箱のシールの製造者は「株式会社L&D イタリアントマト秋田工場」表記(中黒なし)。【13日追記・マドレーヌなど他の焼き菓子もあるようだが、製造者表記は不明。】

そういえば30年前、身内の葬儀の会葬御礼の品として、へいあん秋田のカタログから選んだのが「イタリアン・トマトのパウンドケーキ(カットしていない塊)」だった。そのブランド名は記憶にないが、もしかしたらそれも、今回と同じように、実はイタトマでないエルアンドデーオリジナル商品だったかも。
へいあん秋田も、辻グループの企業。2011年に典礼会館グループ入りしていて、現在も辻グループなのかはよく分からない。
エル・アンド・デーが、独自に長期保存可能な商品を製造するのは、グループ内のへいあん秋田へ供給する意図があるのかも。
【13日追記・イタリアントマト本体でも、個包装の焼き菓子は存在した。詰め合わせが、株式会社バンダイナムコホールディングス株主優待になっていた。ただ、パウンドケーキはなさそうで、別物だと思われる。】


ところで、上記の通り、秋田市内にはイタトマが3店あるが、市外にはないと思っていた。イタトマ公式サイトの店舗検索でも、秋田県内は3店。店内飲食できるカフェはなくなった。
ところが、湯沢市の湯沢ロイヤルホテルでは、「レストランフローラ」でイタリアン・トマト商品を扱っているらしい。テイクアウトできるが、レストランだから当然、店内飲食も可能なのだろう。
イタトマ商品はケーキだけで、飲み物や他の食べ物はホテルのものだろうから、純粋なイタトマではないにせよ、ホテルホームページではイタトマのロゴも使っている。イタトマ側でまったく紹介しないのはもったいない。そして、商品は秋田市のエルアンドデーから輸送しているのか、それとも別で(岩手にはないので、宮城? あるいはホテル内?)作っているのか。

また、時期的にクリスマスケーキの予約もやっている。
イタトマ公式サイトの商品と、湯沢ロイヤルホテルの商品(画像不鮮明で詳細不明)では、微妙に異なるようだ。さらに、昨日取り上げた、秋田市のスーパーマーケットマルダイでも扱っているが、それもまた違う。

広面マルダイ新看板

秋田駅東口から、県道62号を真東へ1.1キロ、広面(ひろおもて)字板橋添。

先週末
ロードサイド店舗がいろいろある。左側奥は、秋田市内で5店舗を展開する「スーパーマーケットチェーン マルダイ」の広面店。【13日補足・企業名は「株式会社マルダイ」。】

駐車場の道路際に立っている看板が、新しくなっていた。

看板本体は、赤系統の地に白文字ゴシック体というシンプルなもので、マルダイの看板として目新しさはない。

看板が刺さっている脚というか柱は、ちょっと珍しいのでは。
ステンレス製だろうか、キラキラ光る銀色で、この手の柱としてはさほど太くないもの。信号機が設置される信号柱を太くした感じ。
他社・他業種も含めて、こんな柱に看板が付いてるイメージはなかった。

柱は上のほうでやや細くなっている

看板の文字について。ホームページではロゴも含めて「スーパーマーケットチェーン」表記だが、看板では「スーパーマーケット・チェーン」と中黒入り。フォントはモリサワ「新ゴ(UDでないほう)」か。

こういう柱は、もっと太い、鉄か何かでできた柱で、白く塗装されているのが多いと思う。それが経年でサビが出てくる。ステンレスのほうが耐久性があるだろうし、スマートにも見える。


Googleマップストリートビューでさかのぼると、

2017年7月
やはり白い柱だったが、それが2本。看板自体は今より大きく、照明が多い。地色は以前と今では赤の色味が違うようで、現在はエンジ色っぽく、以前は赤に近そう。フォントも新ゴではなかった。

 

マルダイ広面店は1991年5月オープンだそうなので、その時からの看板だったのだろうか。
店舗は2018年10月にリニューアルされていて、上の画像の通り、外観が変わった。その時に、看板の柱が再塗装されたようで、きれいになったが、ストビューをたどれば2023年頃にはまたサビが出始めていた。

 

 

マルダイの他の4店舗の看板は統一されておらず、店によってばらつきがある(他社でも同様かもしれないが)。極太白柱に巨大な看板の土崎店は、チェーンがない「スーパーマーケット」表記だったり、おのば店は道路に面した看板自体がなかったり。また、土崎、おのばなどは、店舗建物の上に看板があるが、それもチェーンがない。

 

「マルダイ」のフォントは、ホームページや折り込みチラシでは、また違うようで、角ゴシック体ならば特にこだわりはないようだ。現在のチラシでは「ヒラギノ角ゴ」。

チラシでは、○の中に毛筆のひげ文字の「大」がある、昔のロゴも(赤地に白抜き)掲載。大昔は、これが大きく描かれた看板を掲げていたはずだが、現在の店舗では使っていないようだ。

1年ぶりバリューサンド

秋田のたけや製パンが、2024年10月に「バリューサンド 2種のメンチカツ」という新商品を出した。ランチパックやフレッシュランチと同趣旨の商品で、違いが理解できなかった。
数か月で販売は終了。その後1年間、バリューサンドシリーズの後継は出ず、さらにフレッシュランチシリーズは新商品がいくつか出たので、バリューサンドは“一発屋”に終わったのかと思いつつあった。

 

ところが2025年10月。1年ぶりにバリューサンドの新商品が出た。
「バリューサンド ハムカツ」と「バリューサンド メンチカツ」。たしか公式ホームページで紹介されていたが、秋田市内いくつかのスーパーを見た限りでは、見かけなかった。【16日追記・イオンスタイル山王でひっそりと、136円で売られていた。】


さらに、11月初めに「バリューサンド カレーコロッケ」が、タカヤナギグランマートで105円で特売されていた。
たけやホームページには11月の新商品として掲載されている。それだったら時期的に「新商品」シールが貼られるはずなのに、本品にはなかった。

1年ぶりのバリューサンドは、その姿を変えていた。ランチパックタイプではなくなっていた。

バリューサンド カレーコロッケ 393kcal
ずんぐりしたコッペパンに、「カレーポテトコロッケ(国内製造)」をはさんだもの。ホームページでは「小さめのコッペパン」としている。
袋は透明で、商品名は表示類と一体化した1枚のシールに記載(キャラクターのたけ子は不在)。

10月の「ハムカツ」はこれと同じタイプ。「メンチカツ」は丸いハンバーガータイプ。どちらも包装は、透明袋にシール。
ということは、「バリューサンド」シリーズとは、「形に関わらず、リーズナブルな揚げ物系惣菜パン」ということなのだろうか。
ただ、2025年2月頃には、透明袋・シールの包装の「フレッシュランチ キャベツメンチ」が、一部スーパーで特売されていた。それはなぜバリューサンドではなかったのかという疑問も生じる。

 

1年前とは、ラベルの書体も変わった。
「バリューサンド」は、以前より丸みを帯びたフォント。「カレーコロッケ(10月の2種もおそらく同じ)」は楷書と行書の中間のような毛筆書体。
前者は、視覚デザイン研究所の「VDL ロゴJrブラック」を斜体にしたもの、後者は、テクノアドバンス(でいいのかな?)の「TA風雅筆」。なかなか珍しい選択かと思うが、どちらもアドビと契約すれば使用できる。

 


上のパンと下のパンがずれていて、なんか雑。コロッケがパンからはみ出る大きさで、厚さも標準的だから、食べごたえはある。
カレー風味コロッケに、マヨ風味ドレッシングとカレー風味ソースがかかっている。カレーがダブルだけに、カレーの味はしっかりするが、マヨネーズ風味はあまりしない。
価格からすれば、まさにバリューサンド。

 

次はいつ、どんなバリューサンドが出るか。

【追記】次はさっそく2025年12月に「バリューサンド ポテトコロッケ」。ハンバーガーの構造で、コロッケがパンよりやや大きくはみ出ている。パンの表面は揚げたカレーパンのようにボコボコ。
ホームページでは「ポテトコロッケにヨースとマヨネーズを絞り、サンドしました。」とあるけれど、それってソースでしょ。袋シール(11月と同仕様)では「ソース付きのポテトコロッケをサンドしました。」。

変電所跡・寒沢坂 '25.10

この記事に続き、2025年10月中旬の弘前
今回は、弘前大学文京町地区(文京町キャンパス)裏手の2か所。バスの時刻が迫ってかけ足になってしまったが、2021年12月以来

教育学部裏・富士見町の変電所跡地。2020年に更地になり、44区画の分譲住宅地「サンヒルズ富士見町」となった。
2021年末時点では、ごく一部で建築が始まった程度で、まだ売れていない土地も多かった。

現在は、空き地はまだあるものの、新しい家がたくさん建っていた。
既存道路とサンヒルズを区切るゲートのようなものもなく、意識しないと境は分かりにくい。そして、敷地はかなり広いと感じた。何も知らない人は、かつてここが塀に囲まれた変電所跡だったとは思いもできないだろう。

北東角付近から
上写真手前のように、戸建て住宅ではない集合住宅(アパート)らしき建物が複数あった。駐車場があり実際に車も駐まっていたので、学生向けというわけでもないのだろうが、戸建てばかりかと思っていたので予想外だった。アパートの名称も「サンヒルズ富士見町(AとかBとか)」らしい。
なお、上の写真奥のほうも似た建物だが、戸建て。最近の流行りと積雪対策のため、屋根が平ら。

大学・道路側から見て右奥の敷地北西角に「緑地」が作られることになっていた。敷地西辺は崖状になっていて、その下を弘南鉄道大鰐線が通っているので、緑地から岩木山大鰐線が望めるのではと考えていた。

これが緑地
岩木山は見えたが、線路は見えなかった。崖下の線路との間に、住宅がいくつか並んでいたのだった。だから、崖際からの写真はありません。


崖に面した緑地の並び、南側には、未着工の区画があった。公式ホームページによれば、現在は売約済みの模様。
南側では崖下の住宅がなくなり線路と接するようで、架線が見えた。岩木山もよく見える。西辺は4区画だから、岩木山弘南鉄道を見られるのは、この並び(もしかしたら2~3区画程度かも)を買った人だけの光景になりそう。


ホームページによれば、全区画のうちまだ売れていないのは、敷地中程の5区画だけになっていた。


変電所跡から南へ進んで西に曲がる。

左が文京町・右が富士見町
左の針葉樹が特徴的な光景。
その先が大鰐線西ヶ丘踏切」。渡った先の下り坂が、西ケ丘町と寒沢町の境のいわゆる寒沢坂、“寒沢スキー場”。

これは変わらぬ光景のようにも思えたが、まずは前回からの変化。
踏切向こう左側。前回は複数の家屋が解体されて更地になっていて、アパートが立ちそうな雰囲気だった。
予想通り、黒い2階建てアパートができていた。サンヒルズ富士見町もそうだったが、今どきのアパートはどっしりとした見た目。駐車場はなく駐輪場があるので、学生向け。
高低差があるためか、棟が分かれていて、見えている2棟のほかに、Googleマップストリートビューによれば左奥に小さいのも1棟ある。
ところで、その小さい棟がある左・稔町方向へ行く狭い道へは、今回行かなかった。小さい棟の隣には「羽場荘」という、青い屋根が付いた白い横長2階建ての古いアパートがあったのを、なんとなく覚えていた。昔はともかく、今は学生は住まなそうな。
最新の2024年5月のストビューを見ると、その羽場荘が、焼けて1階の外壁だけ残っている状態になっていた。
調べると2022年3月11日午後に火災が発生していた。当時、黒いアパートはできたかどうかといったタイミングか?

 

そして、弘南鉄道大鰐線は、2028年3月いっぱいで休止、事実上廃止される。見慣れた光景と聞き慣れた音も、まもなく過去のものになる。

 

弘前の話題は続く

秋田市街地の紅葉'25

秋田市街地が紅葉・黄葉で彩られる季節。昨2024年(この記事など)はとてもきれいに感じたが、今年も負けていない。猛暑だったものの限定的だったせいか、ケヤキもチリチリ枯れていない。天候も悪くない。昨年よりはわずかに早いか。

今週初め。県道28号、手形・広面の境
太平山が赤く染まる。

同じく手形陸橋から
太平山の手前・手形山は紅葉と緑の針葉樹。

 

千秋公園外堀・穴門の堀越しに、あきた芸術劇場ミルハス、その向こうに千秋公園

 

今週後半には、市街地の紅葉も終盤に入り、ケヤキなどは葉が散り始めた。

千秋公園東側、県立循環器・脳脊髄センター前の県道28号・大手門通り
上の写真右側、明徳小学校入口バス停(下り側)一帯は、道路と同じ平地のスペースがあり、遊具が設置された児童公園風の空間(特に名称はなく、千秋公園と一体的に扱われている模様)。今年度後半、ここを駐車場にする工事が行われることになっているので、まもなく見納め。

未着工で封鎖されている。バス停上屋も敷地内
封鎖はクマ対応。クマが目撃されたため、10月26日から千秋公園全体が利用中止となっていた。11月4日にそのクマがつかまって利用再開されたが、その直後に別のクマが出没して、再度利用中止となったまま。
※ミルハスや秋田市立中央図書館明徳館等は、公園の外なので利用可。この児童公園と「山」の部分が封鎖されている。


新型コロナウイルス流行時は、花見でも人がほとんどいなかった(2020年など)が、封鎖されていたわけではない。千秋花火の打ち上げ場所の立ち入り規制は、公園内の一部だけ。したがって、期間の長短に関わらず、千秋公園全域に立ち入りできなくなるなど、明治以降初めてではないだろうか。この週末が今年の紅葉の最後だと思われるが、今年、千秋公園内で紅葉を楽しめないまま終わりそう(遅いモミジなどはチャンスがあるかも)。
市街地でもどこにクマが出るか分からず、その他の場所でもうかつに出かけられない。

 

その後11月19日の千秋公園