昔のこと
東海道山陽新幹線の、JR東海所属車両の車内放送チャイム、TOKIO「AMBITIOUS JAPAN!(アンビシャス ジャパン)」が、2023年7月21日からほかの曲に代わった。ヘンなタイミングだけど、夏休み開始にでも合わせたのか? 後継は、JR東海の新キャンペーンに連動し…
菊谷小路2004に続く、昔と今の風景の対比。2003年7月25日早朝に撮影した、秋田市内のとある場所。 どこだかお分かりでしょうか? 現在の同じ場所 秋田市手形地区、JR奥羽本線「第一手形谷地町踏切」の東側から東方向の風景。 背後が第一~踏切、道路右側が手…
秋田駅前、買物広場バス停の東側から、中央通りの向かい(南)側を見る。中通四丁目。末廣ラーメンと工事中のビル工事中のビルは「アジマックス秋田駅前ビル」。以前は、笑笑、炭火焼鳥 めでた家、魚民のいずれも秋田西口駅前店が入っていたが、いつの間にか…
これまで、2001年まで使われていた先代(=初代)の秋田大橋、秋田大橋の北隣にある(あった?)「秋田小橋」、秋田小橋のたもとにあった自転車屋さんが更地になったことを記事にしてきた。 今回は、それらに関連した、2001(平成13)年12月29日15時過ぎ、右…
公共交通機関の「復刻塗装(復刻カラー)」。 今は使われなくなった、昔の車体塗装/機体塗装のデザインを、一時的に再び採用すること。何らかの記念の名目で、一部の車両や機体限定で施されることが多い。 飛行機ではANAの「モヒカン塗装」が2009年から5年…
予告した通り、1992年度後半のNHK連続テレビ小説「ひらり」の秋田ロケの回が、再放送(アンコール放送)された。以下、敬称略。 ※タイトルであり主人公の名である「ひらり」のアクセントは「ひ↑ら↑り↓」、「タモリ」「かなり」「秋田」と同じ。出演者のセリ…
NHKの朝の「連続テレビ小説」、いわゆる「朝ドラ」。 だいぶ前から、BSで過去作品の再放送(アンコール放送)が行われていたが、2018年からは地上波・総合テレビの16時台にも(BSと別作品が)放送されるようになった。 総合テレビでは、1日に2話が続けて放送…
歌手の水木一郎さんが12月6日に亡くなった。 アニメソング界の「帝王」と称される一方で「アニキ(兄貴)」とも呼ばれ、持ち歌は1200曲。 秋田の「超神ネイガー」、弘前の「超城合体タメノブーンV」など、ご当地ヒーロー/キャラクターの歌も歌った。 しかし…
25年前・1997年11月18日(火曜日)が最終回だったテレビ番組がある。 いわゆる「火曜日のサザエさん」である。 といっても、25年も経てば、忘れた人、そもそも知らない人も多いでしょう。 フジテレビ系列局がない地域で、火曜日に遅れて放送されていたという…
秋田市保戸野(ほどの)の県道233号の一部、通称「菊谷小路(きくやこうじ)」中ほどから、北方向を見た風景。 2022年9月撮影 背後すぐを左に入ると諏訪愛宕神社、通りのずっと後方が通町方向。先の押しボタン式信号を左折すると保戸野小学校正門。 見づらい…
高度経済成長期以降、技術革新や生活の変化に合わせて、数多くの新しい食品が現れた。しかし、平成末期~令和まで数十年生き残った商品であっても、ここ数年で製造終了や販売地域縮小されるものがちらほらある。1968年発売の明治のスナック菓子「カール」は…
平成初め頃製造のテレビ、「番組」ではなく「家電製品」=テレビ受像機について。 2008年、岩手県の雫石プリンスホテルに宿泊した。JR東日本の懸賞が当たって。 リゾート地だけに、ちょっとゆとりのある部屋に置かれていたテレビが、目新しくもあり懐かしく…
小学校の遠足で、バスガイドに間違ったタイトルと歌詞の歌を教えられた思い出をアップした。 社会科見学での続きがあるとしたけれど、その前に、コメントをいただいて幼稚園の時のことを思い出したので先に。 通っていたのは、2年保育(年少・年長)の私立幼…
昭和末の学校の遠足と、貸切バスのバスガイドの、長い思い出。 小学校4年生だった1986(昭和61)年6月13日、通っていた秋田市立小学校の春の遠足があった。 当時、その小学校では、春と秋に「遠足」という学校行事が設定されていた。秋は、徒歩で全校一斉に…
我が家でこんなものが発掘された。記憶の片隅にはあった。昭和末頃のものか。 プラスチックケース入り (カードゲームの)トランプである。とある企業のノベルティグッズ。 トランプは、かつては、どの家庭にも1セットや2セットは必ずあったもの。だからこそ…
JR東日本の各新幹線(東北・上越・北陸・山形・秋田)の、自動車内放送の前に流れるチャイムの話。 1982年の東北・上越新幹線開業時は、各停車駅にちなんだ民謡などをアレンジして「ふるさとチャイム」として流していた。 1985年の上野、水沢江刺、新花巻の…
2003年の山形駅の記事の続きを、ごく簡単に。 この時の目的は、仙台でのちょっとした会合で、1泊してこまちで秋田へ戻った。山形は完全な趣味の寄り道であった。そんなわけで、仙台の写真で紹介すべきものはほとんどなく、駅で撮影した2つの列車だけ。例によ…
芥川龍之介の「父」という作品に出てくる、「割引の電車」について。※著作権がなくなっているので「青空文庫」サイトでも読めます。 秋田魁新報の高校入試対策連載「中学自習室」。2021年11月25日付の第186回・国語38回の問題文として、その前半が転載されて…
18年前、2003年11月の山形駅周辺の写真から。 山形市は、何度か訪れているが、いつもちょっとだけ降りて見て終わるか、夜遅く着いて泊まって翌朝早く発つかしまっている。最近では2017年夏に訪問。 JR山形駅の建物や周りは、今とさほど変わっていないはず。 …
「方面及び方向」の案内標識(108系)の続き。 1986年改正前の旧仕様標識として、前回主に取り上げた、県道233号の、保戸野原の町~泉南の1985年開通区間。そのうち、BとCの標識があった、秋田生鮮市場保戸野店の交差点から西へ伸びる市道「泉ななかまど通り…
1990年から2001年まで秋田市長を務めた、石川錬治郎(れんじろう)氏が、2021年10月29日、82歳で亡くなった。※弘前と直接の関係はありませんが、最後のほうでちょっとしたつながりが出てきます。 死因は未発表だが、「急逝」とツイートしている政治関係者が…
秋田市道の「方面及び方向」の案内標識に関連して。 前回の2つ目では、楢山・牛島橋バス停付近の古い案内標識を交換したものを取り上げた。その周辺には、もう2本、古い標識があった。 そこから北に位置する楢山広小路バス停・秋田楢山郵便局の交差点。北側…
2003年8月2日17時台に、秋田県大館市のJR大館駅周辺で撮影した写真を、少々ご覧いただきます。当時の大館を知るかた、よりは路線バスや信号機に興味のあるかたに懐かしい画像かもしれません。 21世紀の2003年=平成15年、そんなに昔ではない気もしていたけれ…
2021年夏、著名な人が何人か亡くなった。 特別な思い入れがあるわけではないが、活躍されていたお姿が記憶に刻まれている方々。全国区で4名、秋田で1名をここに記録しておきます。一部敬称略。 ●江田五月 政治家 7月28日 80歳没 1990年代、政治に多少興味を…
秋田市八橋運動公園の西隣、八橋南一丁目に、秋田市やそれに関係する福祉・保健分野の施設がまとまる一角がある。福祉エリアとか、まとめた名称があってもよさそうだが、なさそう。この点はまた後日。 1978年まで秋田市立秋田商業高等学校があった場所で、19…
先日のOHPの続き、「トラペンアップ」のこと。 本題の前に【「投影」と「投映」について】 前回の記事では、プロジェクターの画像をスクリーンに映し出すことを「投“影”」と表記した。「投影」が最初に変換されたし、それしか思い浮かばなかった。その後、OH…
「OHP」をご存知でしょうか。 世代によって認知度が分かれるらしい。知っている世代はほぼ全員知っているはず。 機器の名で、少し前まで学校には必ずあり、企業・団体でもよく使われていた。現在はほぼ使われなくなっている(死蔵はしているかも)。 日本で…
秋田ニューシティの思い出、いよいよ最終回。※前回3回目。 完全無断撮影で恐縮ですが、貴重な内部。 2002年ダイエー末期の4階の売り場配置図に、1階の出入口など加筆したものを示す。 右が北、下が大町通り側 上の図右下、北東角が前回のエレベーター。建物…
秋田ニューシティの思い出3回目(前回は遠景)。今回は特記なきものは2009~2010年撮影。 まずは、客用出入口周辺。 東辺。元市営バス265号車だったバス 出入口がある東辺と北辺は、歩道がない市道に面していることもあるのだろう、道路沿いの敷地を歩道同然…
40年前にできて、約10年前になくなった「秋田ニューシティ」の続き。 今回は、外観を改めて記録しておく。 前回の冒頭の再掲写真もそうだが、ネット上に残るニューシティの写真は、北東側から撮影したものがほとんど。こちらが「正面」ととらえられるデザイ…