秋田市大町三丁目にある、大和ハウスグループの秋田の拠点が入っていたビルが、移転に伴って2025年春頃に空きビルになった。
その後、外壁のクリーニングらしき工事がされたり、内部に灯りが点いたりしていた。5月26日の記事。
最近、外壁2か所に、また足場が組まれていた。1か所は、かつてDaiwa Houseロゴがあった角。

後ろの協働大町ビル(旧・協働社大町ビル)も、外壁に足場が組まれている。
足場の覆いの下に、新たなロゴが設置されていた。下の玄関にも看板ができた。
「ADK FUJI System」
秋田のソフトウェア開発会社「エイデイケイ富士システム株式会社(略称ADF)」。「ディー」でなく「デイ」である。
ADKとは「秋田電機建設株式会社」の頭文字。今は、「ADKGr株式会社」が持株会社で、その下にADK、ADFがあるようだ。いずれも本社は秋田市手形字山崎、手形陸橋の通りの、かつて秋田銀行手形支店だった建物(2014年1月移転。「A・B・Pビル」という名【11月3日追記・少なくとも2023年8月時点で「ADKGrビル」に改称されていて、現在もその名】)。
「富士」と付くのは、富士電機および富士通と協業関係にあるためだろう。
公式ホームページに10月21日付で「事業所統合および移転のお知らせ」が掲載されていた。
本社の近く、手形陸橋の下というか脇・手形新栄町にある「DXセンター」と、河辺戸島の七曲臨空港工業団地にある「七曲開発センター」を統合して、11月10日に、ここに「DXセンター」を開設する。本社はそのまま。
大和グループは御所野へ出ていき、その後に地元企業が来て拠点を置くというのが対照的。
転出元である手形新栄町のほうは、住宅地の中なので、跡地は何とでもなるだろう。七曲臨空港工業団地のほうは、工業用途にしかできないだろうから、どうなるのか。ADKが七曲に拠点を置いたのは1986年で、同工業団地進出の第1号だったとのこと。
【11月2日追記・11月1日までに足場が撤去され、ロゴが姿を表した。向かって右側には「ADK富士システムDXセンター」と表示。】
【11月20日追記・敷地の一角に設置されていた、川反入口下りバス停利用者向けのベンチは、引き続き使用可能。】
以下、余談。
ADK富士システムと聞いて、思い出したのが、手形山崎より前の本社。
元々は中通にあったようでそれは知らないが、2003年10月に手形新栄町に移転している。陸橋下のDXセンターの近くではあるが、別の場所。
手形陸橋のすぐ北にある、第二手形谷地町踏切の前にあった。現在はアパートが建っているが、最古のGoogleマップストリートビューである2012年10月の画像で、当時の姿を見られる。壁には2社の社名とともに「Fujitsuパートナー」と大きく記されている。今の本社にはない。
その踏切前の10年だけ本社だった建物。新築ではなく、それ以前は別の用途だった。
2002年2月手形陸橋から撮影 国鉄色485系青森車による特急「かもしか」
「秋田ゼミ」「秋田電算機専門学校」とあるように、学校であった。それらが閉校して、本社が入った。
秋田ゼミは、大学受験の予備校だったか。2024年に募集を停止した秋田予備校を取り上げたが、さかのぼればこちらもあった。
その両校も、ADKの傘下なのだった。ADKホームページの沿革には、1982年1月「秋田教育ビル設立 電算機専門学校設立・予備校設立」とある。この建物が、秋田教育ビルだったのか。