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新生・土崎小学校

2026年は、秋田市北部の港町・土崎からいくつかのものが消えた/消える。
2月末で閉店したイオン土崎港店(建て替え予定)、7月1日付で廃止予定のJR貨物の貨物支線(土崎~秋田港、レールや踏切は残っているがすでに車止めが置かれている)、そして秋田市立の小学校である。

 

子どもが激減するご時世、全国的に、都市部でも学校の統廃合がされている。
秋田市では「学校適正配置」として、雄和・河辺地区や郊外部では、2010年辺りから段階的に進んでいる。※秋田市役所ホームページ ページ番号1008710で、時系列でまとめてくれている。

郊外ではない、秋田市街地の学校でも複数検討されていて、その最初が、土崎地区の小学校で実施された。

 

土崎地区には、土崎小学校、港北小学校(こうほく小学校)、土崎南小学校の3校がある。以下、データは「令和7年度 教育要覧(秋田市教育委員会)」より2025年5月1日現在。
1948年開校の港北小は学級数22・児童数605と、秋田市内有数の大規模校(桜小、日新小に次ぐ)で、今回の統合と無関係なので、以降取り上げません。

 

1874年開校の土崎小は、8学級151人。
土崎地区が秋田市になったのは1941年、それ以前は南秋田郡土崎南町だったが、それも1889年町制施行。だから開校時は、もっと細かく分かれた町(自治体)に分かれていて、その共同学校みたいなものだったかもしれないが、詳細不明。

1961年開校の土崎南小は、16学級267人。
2025年の秋田市立38小学校(=秋大附小は除く)の総児童数は1万2043名。平均すると316.92人/校。

土崎小では1学年1クラスの学年があることになり、昭和~平成初期の感覚では、あんな街中の学校でそんなに少ないのかと、驚く。
だが、これが実情で、中央地域でも保戸野小188や明徳小157が同規模。これらも再編したほうがいいように思うのだが、中学校とのからみなどで具体的ではないようだ。

 

そんなわけで、2026年春に土崎小学校と土崎南小学校を統合することになった。
土崎地区にもともとは土崎小しかなく、戦後に港北小と土崎南小が分離した経緯があるので、部分的な再統合と見なせよう。
統合の方式が、ちょっとややこしい。
・どちらかに吸収合併ではなく、両校を閉校して、新設校に統合。
・新設校の校名は「土崎小学校」。
・設置場所は土崎南小学校跡で、校舎・施設設備を転用。
・校章や校歌は新規制定。
新校名は地域の合意で決めたのだろうし、妥当だと思うが、知らないと単に土崎小学校が移転したようにも見えてしまう。

子ども未来部管轄の土崎児童館と土崎南児童センターも統合され、土崎南を土崎児童センターに改称して使用。

 

「新生土崎小学校統合記念式典」が、2026年2月21日にあきた芸術劇場ミルハスで、その後の記念祝賀会は秋田キャッスルホテルで行われた。2023年に営業終了したホテル大和があれば、祝賀会はそちらでやったかも。


統合と式典を伝える看板が、なぜか五十嵐記念病院(旧土崎小近くの旧国道)前にあった。
よく似たデザインの看板が、両校前にも設置。旧土崎小前「土崎 いとし故郷 土崎小学校(南小では土崎南小学校)」

学校ができた日は、教育要覧では「創設年月日」となっている。
古い小学校では季節を問わない日付で、それが開校記念日・創立記念日として児童がお休みになる日と一致しそう。
中学校や土崎南小を含む昭和後半開校の新しい小学校では、4月1日付で統一されている。それらの学校でも開校記念日は別にあるはずなので、記念式典の挙行日などにしているのだろう。
秋田市では1874(明治7)年開校が最古の小学校なのだが、複数ある。月日順にすると、4月25日の土崎小がいちばん最初なので、真に最古の小学校だった。
2026年度からは5月3日の下浜小学校(ただし統合計画あり)が最古、5月25日の旭川小学校が続く。

 

旧・土崎小は土崎港中央三丁目1番78号。JR土崎駅から400メートルほどで、寺院や商店街も近い、古くからの土崎の街中。
廃止された土崎児童館は、学校裏・2本西の道路に面した土崎港中央三丁目7番11号。

 

土崎南小→新・土崎小は土崎港東一丁目6番39号。旧・土崎小からは直線で南東へ600メートル強、道のりでは900メートルほど。旧・土崎小学区の北のほうでは、港北小のほうが近い家もあるかもしれない。
イオン土崎港店跡に近く、県道56号(新国道)と150メートルほど隔てた1本北の市道に面する。こちらも隣は寺院だが、周りは住宅地。
土崎南児童センターは敷地内。

学校前の道は、かつては路面電車(秋田市交通局の秋田市電)が通っていた。この辺りは、道路に線路を敷いた路面区間(併用軌道)ではなく、専用軌道区間だったようだ。
市電は1965年で運行を終えたが、土崎南小の開校はその4年前。さかのぼれば、ここは土崎中学校があった。中学校が、土崎駅の向こう側へ新校舎(秋田市立学校初の鉄筋コンクリート造校舎)を建てて移転し、その跡に入ったようだ。だから木造校舎で、新設校なのに、校舎は古かったはず。前は線路だったわけで、先代校舎は、さらにもう1本北の市道に面していた。建て替え時に校舎とグラウンドが入れ替わった。
校舎は2代目ながら、土崎中→土崎南小→土崎小と、3つの学校が変遷した。
さらにさかのぼれば、1901年に秋田初の火力発電所ができた場所。発電所がいつまであったのか、発電所からすぐに中学校ができたのか、つながりは不明。

 

両校の現在の校舎について。過去の記事でも取り上げている。どちらも鉄筋コンクリート造3階建て。
旧・土崎小は1968(昭和43)年築。当然、耐震補強済みだが、秋田市立小中学校の校舎の中では、1967年の旭南小に次いで古い。なお、3番目は1970年の築山小。
あまり広くないスペースに、どっしりとした校舎が建つ、昭和の学校の風情。

土崎南小→新・土崎小は1984(昭和59)年。
スペースがやや広い感じもするが、校舎は明るく、玄関の庇がその上の2階と3階の間に付いていて、太い柱が立つ、神殿のようなダイナミックな作り。バブル景気に向かおうとする時期だからか、どことなく豪華。
中央の階段室てっぺんの外壁には、壁面を文字盤にした「塔時計」があったが、2018年辺りに撤去され、普通の丸い時計に替わった。

 

旧・土崎小にはこんな看板もあった。

「希望の明日へ 151名の力を合わせて 伝統をつなぐ港っ子」
2025年5月時点で児童数が151だったが、統合式典時の報道でも変わらなかった。
年度途中の転校生がいなかったのか、出入りが同数だったのかは分からないが、奇しくも2025年は開校から151年。

 

年度が明け、今週は始業式・入学式。

3月下旬
土崎南小学校だった校門の表示は、4月4日には、

土崎小学校に替わっていた
玄関庇の校章も交換。
児童センターの表示も替わっていたが、それ以外(市教委管轄外など)では南小の名がまだまだ残っている。旧・土崎小の門の表示もそのまま。

 

長くなったので、続きます