20年以上前、秋田市交通局(秋田市営バス)の路線が段階的に秋田中央交通へ移管していた時、市営バスの車両が中央交通へ譲渡されていた。塗装変更作業に入る前、市営バスの塗装のままで中央交通のバスとして営業運行される場合もあって、その2002年の状況をアップしていた。
続いて、2003年。
2003年は、小型バスで運行されていた路線と、横森経由などが移管。前後の年と比べると、比較的小規模だったようだが、秋田駅東口から市営バスが撤退したことになる。
車両は小型車のほか、中型車がそれなりにまとまって譲渡されたのではないかと思う。あまり記録できていないのだけど。
(再掲)1995年度導入、元62号車
小型バスは日野レインボーRB(前・後ドア)の60・61号車、日野リエッセ(前・中ドア)62~65号車。1993~1996年度にかけて購入した車なので、大部分が有償譲渡だったのだろうか。
2002年から日産ディーゼルの車両も譲渡されるようになって、2002年は中型ロング車(メーカーでは普通型と呼称。運用としては大型車扱い)が譲渡。2003年は、通常の中型車が譲渡。
前回の写真にもあった元250号車。方向幕は交換されたためフォントが異なる
1990年度の日産ディーゼル車は、248~251号車の4台あったが、2002年は249号車を除く3台が譲渡。249号車は残留。
三菱ふそう車(この時点で中型のみ在籍)の譲渡も始まった。
譲渡された車両は、前年の市章、事業者名表記に加え、局番(号車番号)も隠すようになった。中央交通には無関係な数字だし、車両にもよるが前後左右すべてに局番表示があって、意味を知る人にしてみれぱ市営バスと誤認につながりそうだった。
2004年。
手形山団地、秋田温泉・仁別方面が移管。
引き続き中型車が譲渡されるが、市営バス塗装のまま運行するのは、この年が最後となる。
そして、市営バスでは実現しなかった「見てみたかった姿」が、ある意味実現した。
元274号車
1992年度は、三菱ふそう車の中型を7台(269~275号車。前3台・後2台に分けて導入され、ナンバープレートは連番でない)も購入。同年の日産ディーゼル車は初のAT車となったが、こちらはMT。
大型降車ボタンやバーコード付き整理券&自動計数運賃箱が目新しく、新時代を感じさせるものだったが、実際には市営バスが終焉向かう直前の、最後の華やかさであった。
上の写真は、行き先表示部分が黒い。白地が一般的な方向幕ではあり得なかった。ということで、この年の譲渡車では、方向幕がLED式行き先表示に交換された。4月1日にはLEDになって運行していたから、他の車載機器とともに短期間(一夜かどうかは知らない)で交換したことになる。
元249号車
上記、前年に1台だけ譲渡されなかった249号車も譲渡。250号車と比べると、フォグランプの位置が異なる。以前推測したように、バンパーを破損して交換したためだと思われる。譲渡が1年遅れた理由もそれ?
バスにLED行き先表示が普及し始めたのは、2000年以降と記憶する。
先進的な秋田市営バスでは、1996年度から2000年頃まで黒単色の液晶式表示器を試験的に使っていたことはあったが、見づらく、全国的にも普及しなかった。LEDは、交通局廃止が決まったこともあり、採用するつもりはなかったのだろう。
ちなみに東京都交通局(東京都営バス)では、1995年に液晶、2001年にLEDをそれぞれ試験導入、2004年度導入から全車LED。
秋田中央交通の新車ではどうだったか記憶にないが、少なくとも2003年購入の一部車両(秋田200か298など)は最初からLEDだったはずで、そんなに遅くはない。
方向幕の巻取り器やフィルムの製造・メンテナンスの先行き(子会社路線では2026年でも幕が主流だけど)と、移管路線が増えて車両運用や幕自体が複雑化しつつあって、LED導入に踏み切ったのだろう。
中央交通全体では方向幕車がまだまだ多かったが、2004年以降の移管路線では、基本的に全便がLED車で運行されるようになった。※まれに方向幕の車が運用されることもあったが、限られたレギュラー運用だったのかイレギュラーだったのか不明。
見てみたかったのは「LED行き先表示器を搭載した、秋田市営バス」。
上の秋田温泉線などは、市営バス時代の方向幕のレイアウトや内容をそのままLED化している。市営バスの液晶表示機でもそうだったから、「もしも… 秋田市営バスがLED表示器を採用していたら…(by ドリフ大爆笑)」こんな感じだったかも。
秋田温泉線と途中まで同じ経路の仁別リゾート公園線では、
元262号車。1991年度導入。市営の日野レインボーで、丸ヘッドライト・MTの最終グループ
リゾート公園まで行かない、仁別止まりの便は、秋田温泉線同様、市営バス時代そのままの表示。
元241号車。1990年度導入。このグループ(240号車以降)から、窓枠がシルバー→黒・茶系、床が板張り→凹凸のある樹脂に変わった
リゾート公園まで行くのは、ザ・ブーン行き、森林学習館行き、自然学習センター行きが存在。ある時期に延伸されるなどして、よく分からないが、ともかく写真は自然学習センター行き。「からみでん 秋田温泉 仁別・リゾート公園」と経由地を詳しく示している。市営バス時代は幕は「仁別・リゾート公園」で共通で、あとは補助の紙を掲出していた。LED化に際して、行き先のほかついでに途中経由地も詳細にしたのだろう。
だったら、秋田温泉線でも同じ表示にすればと思ってしまう。当時は路線移管で作業量が膨大で手が回らなかったのかもしれないし、このバス会社らしくもあるけれど。他路線でも似たようなもので、結局、2011年に系統番号が導入されるまで続く(番号導入後もおかしい点もあるけれど)。
仁別線と同じ車両が、
県営住宅経由新屋西線でも運用
LEDは方向幕と同じ内容ながら、レイアウトは違うパターン。
前回の通り、2002年移管の新屋方面は、同年に購入・譲受した「新 屋」シールが貼られた専用車両が充てられていたが、2003年のLED車も入るようになっていた。複雑な運用そうで、苦労がしのばれる。
左は元268号車
268号車は1991年度、日産ディーゼル車として1台だけ導入され、市営バスとしては同社製最後のMT車。
表示している県庁・寺内経由土崎線は、市営バスの方向幕をそのままLED化。当時は本数が多い路線だったし、経由地2段表記で、いかにも秋田市営バスの表記方法。それがLEDになったのは、今見ても、あり得ないものを見せられているような、あるいはAIが描いたフェイク画像に思えてしまう。
なお、右の134号車(1996年度)は、最後まで交通局在籍。
後ろは元270号車
1992年大量導入の三菱ふそう270号車の表示は「手形山北町 秋田駅」。手形山西町(県営住宅)に立ち寄らない、手形山団地線なのだろう。市営バスは、どちらも「秋田駅」のみで、西町経由は紙を掲出していたか。
ここでいったん区切って、2004年譲渡車について少し続く。