【以下は初回アップ、5月19日時点の内容です。5月26日の状況については、末尾追記参照】
1983(昭和58)年5月26日の日本海中部地震から、まもなく43年。
毎年この時期になると、各マスコミが取り上げるようになる。少なくとも2013年辺り以降は、NHK秋田放送局の報道に触れると、もやもやした思いを抱いてしまっていた。
日本海中部地震では、学校行事で男鹿市の加茂青砂海岸を訪れていた、合川町立合川南小学校(2005年に北秋田市立、2012年に合川小学校)の児童13名が津波の犠牲になった。
その学校行事は、当時を知る秋田県民の多くの認識や、発災直後から2020年代に至るまでほとんどの秋田のマスコミの報道において、「遠足」だったとされている。※完全統一ではなく、合川町の資料も含めて揺れはあり。
しかし、近年のNHK秋田は、ほぼ一貫して「社会科見学」としていた。
NHKも昔は「遠足」としていたはず。
遠足と社会科見学はイコールではないし、遠足が死語や放送禁止用語でもあるまいに、NHKだけが途中から言い換えたのが気になっていた。2018年の記事、2023年の記事。
伝言ゲームのように、ことがらを伝えていく過程で、細部が置き換わってしまうことはある。本件では、遠足でも社会科見学でも、話の全体に大差はない。
だが、報道、まして公共放送、さらに災害の伝承においては、極力、そのまま伝えていくことが重要だと考える(個人のブログや発言でも同じだとも思う)。
昨2025年。
相変わらず、NHK秋田のニュース(慰霊碑の「慰霊清掃」か?)では「社会科見学」と伝えた。
ところが、5月23日放送のレポート「あの日から42年 当時の状況を語る」が違った。ナレーションと、インタビュー(被災して助かった元児童?)において「遠足」と言っていた。NHK秋田では、おそらく10年以上ぶりの遠足。
当事者が「遠足」と発言したのに合わせたのかもしれない。それに、レポートの取材者の所属局や氏名は表示されなかったかと記憶するが、ナレーションは、NHK仙台放送局の津田喜章アナウンサー(秋田局勤務経験あり)だったから、秋田局が直接関わらないレポートだったのかもしれない。
同じ年のNHK秋田の報道において、遠足と社会科見学が共存したことになる。そのことは、NHKが、何らかの理由があって「社会科見学」にこだわっていたのではなかったことを意味するだろう。
秋田局に対して、本当に「社会科見学」だったのか、「社会科見学」として伝え続けてよいのか、検討してほしい旨を伝えた。
土曜日の「ニュースこまちサタデー」に、NHKニュースサイトへのアクセス数を紹介する「秋田ニュースランキング」とかいうコーナーがあった(合理化なのか【20日追記・10月に「NHK NEWS WEB」などが「NHK ONE」に集約されたことも関係するかも】、2026年度は廃止・詐欺防止啓発コーナーで穴埋め)。
2025年5月31日(たぶん)放送で、初回報道時には「社会科見学」として伝えられたはずのニュースを取り上げたのだが、そのナレーションは「遠足」に置き換わっていた。
手前味噌ながら、僕の意見を受けて検討した結果なのかなと思った。昨年はそれ以降は、合川南小に関する報道に遭遇しなかった。
2026年5月19日。おそらく今年初めての報道として、「秋田の未来を守る・学校でつなぐ 津波の記憶」が放送。
合川小学校の現在の取り組みが、秋田局の取材で伝えられた。
そこでは「遠足」と言っていた。
NHK秋田も「遠足」に戻したととらえていいだろう。言ってみるもんだ。
【20日補足・これまで社会科見学と伝えてきた、歴代のNHK秋田の報道職員たちは、他局や秋田魁新報などが遠足としていることに対して、疑問や違和感を持たなかったのだろうか。報道関係者はライバルの動向を意識するものだと思うが、疑いもせず社会科見学を使い続けていたのなら、プロ意識に欠けていたのではと思ってしまう。NHKは全国異動があり、若手職員も多く、秋田の状況に必ずしも詳しくないことは理解するし、視聴者の意見を聞き入れてくれたことは感謝するけれど。】
【26日追記】43年目を迎えた26日当日、NHK秋田のローカルニュースで、合川小学校で避難訓練が行われたことが報道された。そこでは、再び「社会科見学」。
遠足か社会科見学かは置いていおいても、同じ放送局内で、同じ行事に対して、2つの名前が並行して使われるというダブルスタンダード状態はおかしい。伝えている職員たちは疑問や違和感を持たないのだろうか。NHKが理解できない。(以上追記)
そのレポートで初めて知ったこと。
毎年の慰霊碑の慰霊清掃は、統合後の合川小学校全校で実施しているのだと思っていたが、そうではなく、旧・合川南小学区の児童のみが行っていたのだった。中学生なども参加する、学校行事でなく地域行事だったようで、子どもの減少に伴って、昨年は小学生の参加は3人だけだったとのこと。
そんなわけで、旧・合川南小学区以外在住だと、合川小学校でも津波被害をよく知らない児童が少なくないのだった。
現在の合川小学校校長は、男鹿市立加茂青砂小学校(2001年閉校)勤務経験があり、地域住民から発災当時の救助活動の状況を聞いていた。津波被害を合川小児童に知ってもらって、後世に伝えてもらいたいと、5年生(今年度は南小学区在住は1名のみ)の授業で取り上げ、全員で慰霊清掃を行うようにした、というレポートだった。
合川小学校では、今も盛んに伝承されているのだと思いこんでいた。
北秋田市のホームページを見ても、合川南小学校被災に関する近年の情報は載っていない。市町村合併、学校統合、何より43年という年月によるもので、忘れ去られていくのは避けられないのだろうが、忘れてはならない。