広く浅く[blog.goo.ne.jp/taic02より移転]

https://blog.goo.ne.jp/taic02 から移転。秋田市を中心に青森県津軽・動植物・旅行記など、広く浅く、時には中途半端に深く、いろいろと。

玉緒が行く

中村玉緒さん(1939年生まれ)が、2026年6月9日に86歳で亡くなった。
玉緒さんといえば、女優、勝新太郎の妻、CMやバラエティー番組での活躍だろう。

 

僕が明確に中村玉緒という人(と勝新太郎と、この2人が夫婦であること)を認識したのは、1990年の勝新太郎の麻薬所持事件。
1994年から、明石家さんまのバラエティー番組やマロニーのCMに出たそうだが、その辺は記憶にない。


次に覚えているのは、連続ドラマ「いのちの現場から」。毎日放送制作・TBS系で1992年から2009年まで、断続的に9シリーズ(うち最後2つは新・いのちの現場から)放送された。
秋田では放送されていなかったので、青森に行って初めて見たのは、1995年度後半の「いのちの現場からIII」が最初のはず。

平日13時30分からの「ドラマ30」枠。13時00分の「花王愛の劇場」よりも硬い作品が多いこともあって、今、タイトル一覧を見ても、他に覚えているのは「キッズ・ウォー(1999年)」くらい。

「いのちの現場から」を覚えていたのは、愛の劇場のほうで1995年9月~10月に放送されていた「ぽっかぽか2」からの流れで見ていたから。
フジテレビ「ごきげんよう」が見られない弘前において、この時間に授業がなく在宅している弘大生には、愛の劇場はけっこう見られていたようだ。僕の周りでは「ぽっかぽか」や「天までとどけ」が話題になることが何度かあった。【14日補足・当時はテレビが娯楽の王道であり、さらに、真っ昼間でも出歩いて遊び呆けるような学生ばかりではなかったことも意味するのでは。】

「いのちの現場から」は、中村玉緒演ずるベテラン看護婦(現・看護師)が主人公の医療ドラマ。やはり硬い内容で、ちらりと見た程度だったが、玉緒さんの白衣姿は印象に残った。

さかのぼって1976年には東海テレビの昼ドラで「あかんたれ」に、主人公(志垣太郎)の生母役で出ていた。
1994~1995年頃には、秋田朝日放送で昼前に放送(開局3年目なので再放送ではない)していて、大学受験前で高校が自由登校の間や、卒業後に見ていた(ドラマは見ないと言いつつ)。他に、違う時間枠も含めて「ぬかるみの女」「古都(岡江久美子主演)」「パパと呼ばないで」などもやっていた。
青森へ引っ越すと、青森朝日放送(開局4年目なので、以下同)でも「あかんたれ」をやっていた。
今は記憶はないが、そこでも玉緒さんを認識していたのかもしれない。

 

 

そして、TBS日曜19時「さんまのSUPERからくりTV(2014年放送終了)」で、ご意見番として玉緒さんがレギュラー出演する。
最初はゲストで何度か出たそうで、レギュラーは1996年から。
さまざまな職業などを体験する「玉緒が行く」という、VTRコーナーもあった。
Wikipediaの同番組の項では、一部回ではその内容まで記載されている。それによれば、玉緒が行くは2001年1月まで186作あり、以降、他のゲストといっしょの「玉緒と行く」というコーナーに変わった。

 

僕はからくりテレビは、欠かさず見たわけではないが、好きだった。
玉緒さんといえば、からくりテレビだ。当初は、いのちの現場からとのギャップに驚いた気もする。

 

Wikipediaで「玉緒が行く」のリストを見ても、ピンと来るものは少ないが、忘れられないエピソードが3つあった。


1998年1月25日放送の「No.70 ~ニュースアナ~」だと思う。
北海道文化放送【20日訂正・TBS系列局だからHBC北海道放送でした】でアナウンサーを体験(どうしてTBSじゃないのかと思った)し、訃報を受けてのXの投稿によれば、サッカーの実況もしたそう。
ニュースキャスター体験では、「体長100メートルの観光客を、居合わせたクマが撮影しました」と読んでしまう。原稿があるんだし、俳優なんだし、いくらなんでもそこまで間違うか。これはサービス精神かな。でもおかしかった。

 

1997年12月14日「 No.67 ~玉緒、俳句を詠むの巻~」。このような職業でない体験もたまにあった。
句会に参加。前の人が詠んだ句の下の句を、次の人が上の句に使って詠む、しりとりみたいなのをやった(「連句」というのはもっと複雑?)。
井の頭公園付近の茶室みたいなのが会場で、玉緒さんが最初。
「井の頭そのまま読めばいのあたま」と詠んでしまう。
次の男性は困惑しつつ、
「胃の頭しくしく痛む冬の朝【14日補足・きりきり だったかも?】」とした。上手い【14日補足・玉緒さんじゃなく、次の人が】。

 

最後は、「チケットぴあ」みたいな企業かなと思ったが、思い込みだった。
1997年2月8日「No.72 ~花屋~」だったようだ。

ライブ会場に花を届けてほしいという、女性からの注文電話を受ける。
会場は「パシフィコ横浜」と言われるも、
「させひこ横浜?」と聞き返す(人名だと思って「さん」を付けてしまったか?)のがおかしかった。
これは覚えている人がちらほらいるようで、訃報を受けてXでも複数投稿がある。【20日追記・共同通信社からの配信記事と思われる、秋田魁新報の評伝でも、証明写真機をプリクラと間違えたこととともに触れられていた。】
アイドル・声優の野口衣織という人は、2018年に、ツイッター(当時)に「パフィシコ横浜」と投稿してしまったのと並ぶ、パシフィコ横浜の間違い事例のようだ。

と、↑ここまで作成したところで、TBS「情報7daysニュースキャスター」が始まって見ていたら、玉緒さんの訃報で、玉緒が行くの映像が流れた。歯科医院で椅子を倒し過ぎてしまうのは、忘れていたが思い出した。
させひこの回も流れた。
字幕は「玉緒 花屋さんを手伝う」みたいなタイトルで、チロリアンな服装。

パシフィコ横浜は、シャ乱Qのライブで、まずは「さらんQ」と聞き間違える。
その次に横浜を付けずに「させひこ?」。さらに「なに彦さんでございますか?」。そんなやり取りだった。字幕は赤い縁取りの白い行書っぽい毛筆体。

安住紳一郎アナウンサーによれば、ニュースキャスターと同じスタジオで、からくりテレビも収録していたとのこと。
【14日追記】翌14日の「サンデージャポン」ではさせひこは放送されず。天気キャスター体験で、後ろ手に指し棒で北海道を指そうとするシーンなどが流れた。からくりテレビでAD~プロデューサーを務めた人のインタビューがあり、玉緒が行くの収録で、間の悪さを指摘されたことがあり、女優なのだと思わされたようなことも言っていた。(以上追記)

 

ニュースキャスター放送前の段階でも、Googleの検索窓に「させひこ」と入力すると、サジェストのトップに、

「させひこ横浜」
覚えている人がやはり多いみたいだ。
その検索結果の上位には、玉緒さんとのつながりなど「させひこ」が何かを示す情報はない。「AIによる概要」も「「パシフィコ横浜」ですね。神奈川県横浜市の…」とスルー。