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学生街の居酒屋

2022年まで【2023年1月9日の記事】で止まっていた、「なくなったもの青森(津軽弘前)」の続き的な記事です。→本格的な続きはこちら
「八十八夜」「村祭」「夕やけ小やけ」に共通するものといえば?

どれも「唱歌に歌われるもの」ではある。
曲名としては、「茶摘」「村祭」「夕焼小焼」が正式(教科書では学年に応じてかな書き)。どれも文部省唱歌っぽいが、夕焼小焼はそうではなかった。

昭和末から2007年頃までの、弘前市の通称「西弘前(※)」エリアを知る人=弘前大学(文京町地区、文京町キャンパス)や弘前学院大学の卒業生などなら、違う共通点を見出だせるに違いない。
「はっぱち」「むらまつ」「ゆうこ」である。
弘南鉄道大鰐線弘前学院大前駅は、1952年の開業から2008年9月まで西弘前駅という名称だった【2018年6月15日の記事など】。西弘前という地名はないが、駅前一帯は「にしひろ」と通称されていた。駅名が変わった頃に生まれた今の弘大生にも、通用するようだ。なお、大鰐線は2028年3月廃止予定。

3つとも、西弘前で営業する/していた、居酒屋の店名。
大学生向け飲み屋街としての性格が強い西弘の中でも、代表的な店。ほかに、洋風居酒屋「スカットランド」も有名。
1980~2000年代の弘大生ならば、1度や2度、あるいは連日のように利用した人が多いはず。ただ、僕は村祭にしか、おそらく行ったことがないのですが…
したがって、この記事の内容は、あまり感情がこもっていない記事です。ネットには断片的な情報ばかりなので、ある程度まとめた記録として残すことにします。


上記4店の中で、2025年時点でも営業しているのは「夕やけ小やけ」だけ。看板類では「ゆうやけこやけ」の表記もあり、ネット等での表記揺れが多い。
地域メディア活用の実践 弘前大学生記者によるローカルニュース」の2019年7月17日の記事(https://hirosaki.info/post-1823)に、「創業から40年を迎え」とあるので、1979年頃開店か。
2019年時点での店長は若い人で、「先代の店長から引き継いだ」とあり、うまく事業継承できたようだ。


「スカットランド」は、ラーメン店「くま吉」閉店を取り上げた、2023年1月9日の記事(の追記)で触れていた。1983年開店、2005年閉店。


「村祭」。通称「むらまつ」。
ちなみに、弘大の教官(教員)で村松先生というかたがいらした。人文学部(元々は教養部?)教授として2014年3月退職【14日追記・「り」1文字しか省いていないが、この先生のお名前も意識した略称かも】。
開店時期は不明だが、他店と同じかそれより後みたいな感じ。
2005年時点で営業、2007年4月頃に閉店(お好み焼き「バリバリ」と閉店同時期)?


「八十八夜」。2024年1月26日 陸奥新報より。
1980年開店。
創業時からの店主が、2024年1月14日に78歳で急逝し、閉店。
一時は本町店(地名としては、医学部附属病院前の通り一帯)があり、長男も切り盛りしていたが、近年は夫婦で営業。
店名の由来が知りたかった。


大鰐線と西弘前駅が開業したのは1952年。弘大もその頃には、現在に近い組織体制になっている。西弘前に学生向け飲食街が形成されたのは、もう少し後の1970年代後半以降なのかもしれない。
2010年代前半のことだったが、15歳ほど年上(1980年代前半卒=1960年前後生まれ)の弘大卒業生にお会いした時、西弘の飲み屋が話題になった。「はっぱち」だったか「ゆうこ」だったか、我々と同じ略称を使っていた。
そして、そのどちらかが「(営業を)やめたんだって」という話だったのだが、上記の通り、その時点ではどちらも営業していた。ガセネタか?


バカヤローカーブ【2009年5月6日】などで引用させてもらった、弘前大学消費生活協同組合(弘大生協。2000年に弘前大学生活協同組合に改称)の新入生(≒合格者?)に送付された「知りたい人の情報誌 APPLE COOP」の1995年版と1996年版でも、西弘前の飲食街が取り上げられていた。
生協の「学生委員」が執筆し、ページや年により担当者の主観が強かったり、裏取りや校正が不充分な点があったりはするが、当時の弘大生の文化の貴重な記録である。

まず、冒頭の「現代用語の基礎知識」として、弘前や弘大にちなむ50程度のことばを辞書風に解説するコーナー。95年と96年で、ほぼ同内容。

にしひろ 正式には西弘前。文京キャンパスの連中が繰り出す飲み屋街。とんでもなく安い。笑いあり涙ありの、夜のキャンパス。

※上記の通り、「西弘前」自体が正式なものではない。さらに、「文京キャンパス」は、「文京町地区」が正式な呼称。地区とキャンパスはともかく、大学当局や地元マスコミにおいても「町」を抜く表記が、昔も今も散見される。町名は「文京町」なのだし、地元への敬意として「文京町」に統一するべきだ。

はっぱち 正式には八十八夜。西弘を代表する飲み屋。他に御三家としてゆうこ(ゆうやけこやけ)、スカット(スカットランド)がある。


96年版で追加されたのが、

むらまつ 正式には村祭。西弘にある飲み屋。ラーメンはおいしい。

ラーメン以外はまずいようにも受け取れる書きぶりだが、食事全般においしかったという話がある(行ったことあるけど忘れた)。96年にわざわざ項目を追加したのだから、人気はあったのだろう(95年度中に新規開店したというわけではないかと思う)。
余談だが、掲載されていてもいいであろう、西弘の惣菜さとう(2022年閉店)や、大学正門近くの焼肉モ~モ~【2020年5月10日の記事】は未掲載。

西弘以外の飲み屋としては、寮生のたまり場だったという「流転」や、医学部の本町地区に近く、弘前市最大の歓楽街である鍛冶町の「北のまつり」が掲載。北のまつりは「けん太・養老の瀧と並んで、鍛冶町の学生利用の三大飲み屋。」。
「北のまつり」は、「北のまつり 弘前かじまち店」だと思われる。チェーン店で、秋田にもあったっけ? 【14日追記・秋田市にも店舗があったとのコメントをいただいた。また、青森市の「北のまつり 青森安方店 」は2017年10月10日に閉店。その告知には「開店以来三十年余」とあったので、1980年代中頃開店。】
「養老の瀧」は、養老乃瀧グループのことかと思われるが、今はない。というか青森県には北津軽郡鶴田町の1店しかなくなった。
「けん太」は、「けん太グループ」として、鍛冶町周辺に複数のけん太を名乗る飲食店があったが、今はいずれも閉店したようだ。1990年代に確実にあったのが「本店・ろばた焼けん太」と、1989年頃開店の「津軽居酒屋けん太」。2000年頃以降開店と思われる「酒房食膳けん太旬彩館」もあった。
居酒屋は2018年2月で閉店との情報(その後解体)。ろばた焼は、Googleマップストリートビューでは2023年11月には営業していそうで、2024年5月でも看板はある。
ここではどのけん太を指すのか分からないが、1995年のアップルコープと共に届いた「弘前まっぷ」には、ろばた焼しか載っていない。

1995年「弘前まっぷ」の「土手町周辺」※クリックで少し大きくなります。


後のページでは、衣・食・住などテーマごとに掘り下げる「Life of Hirosaki」。
その「遊」。1995年版と1996年版では全面改訂されている。95年の執筆者はパチンコが好きだったようで…
96年版は「データランド弘前大学」として、弘大生が遊びに行く店や場所をランキングで紹介。選出基準は不明。「飲み屋ランキング」があった。
ちなみに95年版では、同じ趣旨の「はなきんデータランド弘大編」があったが、飲み屋ランキングはなし。「はなきんデータランド」とは、金曜19時30分(ドラえもんの次)からテレビ朝日系で放送されていた、桂文珍司会の情報番組。懐かしい。1995年4月からは、ヒロミ司会の「はなきんデータH」となった。

1.八十八屋(通称 はっぱち)
とにかく安い。それに日本酒もおいしいし。あと定食類も充実している。まさに学生の味方です。
2.ゆうやけ こやけ(通称 ゆうこ)
午前3時までやっているので、2次会、3次会まで使えます。
3.WINDS
西弘では珍しく、落ち着いてお酒が飲めます。

現代用語の基礎知識の「御三家」とは、3番目が一致しないものの、はっぱち、ゆうこは不動。
はっぱちについてのコメントは、上記閉店時の陸奥新報の記事とほぼ同内容かつ簡潔明瞭。
ただ、安くて、食事も充実している点は、ゆうこも村祭も同じだったかと思う。はっぱちがトップに君臨しただけの、プラスアルファがあったのではないだろうか。

「西弘前周辺」この中で2025年も残る店は…【ブログ移転により画像がリンク切れしていたので、2026年1月20日再アップ】
95年の弘前まっぷによれば、八十八夜は2時まで、スカットランドは1時までの営業。また、ゆうこは2025年時点では現在は18時から25時(1時)までの営業。



世相の変化、娯楽の多様化により、今の大学生は、昔ほど酒を飲まないだろう。後継者問題や街の衰退もあって、西弘の個々の店舗も、飲食街全体も寂れるのは、仕方がないことかもしれない。
考えてみれば、西弘前には養老乃瀧みたいな全国チェーンの居酒屋は、過去にも出店したことがないだろう(他業種を含めてもサークルKセブン-イレブンだけでは?)。そして、西弘前のような「学生をメインターゲットにした、地元資本の居酒屋が多い飲食店街」って、他の街(地方都市)にはあるものだろうか。
秋田大学周辺には「飲食店街」は昔からなかったと思う。全国的にも、(弘前の鍛冶町のような)一般向けの飲食街を学生も利用したり、大学近くにあるのはチェーンの居酒屋ということが多いのではないか。ここ数十年の新設大学とか、市街地から郊外へ移転した大学では、周辺に大勢で飲酒できる店がそもそもないところも多いだろう。

大勢で騒ぐのが好きでなかったので、西弘前の飲み屋街とは最低限の関わりしかなかった。それで良かったと思っているけれど、30年経って思い返せば、もうほんの少しだけ、往時の夜の西弘を知っておいても良かったという後悔もある。