それらを動かすには、「機関車」で引っ張らなければいけない。そのため奥羽本線や羽越本線では、電気を動力にする「電気機関車」が多数活躍していた。
機関車の老朽化、短い普通列車をパワーのある機関車で引っ張ることの非効率性、客車と機関車をそれぞれ別に管理する必要があることなどから、普通列車の電車化が進み、夜行列車は縮小され、今では貨物列車以外で機関車の姿を見ることはめっきり少なくなってしまった。
秋田市北部の土崎(つちざき)駅で、2両の機関車が停まっているのを見た。
土崎では、隣のJR東日本の車両工場「秋田車両センター(旧称・土崎工場)」(秋の一般公開の記事)に出入りする車両が停車するため、たまに機関車を見かけるが、2両が揃うのは珍しいはず。2両とも赤い色だが、形式は別。
「EF81形」1968年から製造された形式で、現在もJR貨物所有のものはよく見かける(徐々に廃車・EF510形への置き換えが進んではいる)。
写っているのは134号機で、JR東日本の長岡車両センター所属の車両のようだ。たまに秋田で見かけるが、今回は1両だったから、工場へ出入りする車両を引くとか何かの仕事を終えて長岡へ帰るところかな?
さて、もう1両は
「ED75形」1963年から製造されたが、写真は1971年以降に作られた奥羽・羽越線バージョン。
かつては秋田の車両基地に何十両も所属していたのだが、現在はわずか2両しか秋田に残っていない。しかも活躍の場も減っている。
この機関車の製造番号にご注目
「777号機」。スリーナインならぬスリーセブン!実は、鉄道ファンの間では「秋田にED75の777号機がいる」というのは有名な話。
昔は秋田には製造番号の連番で揃っていたのだが、ほとんどが廃車されてしまった。777号機が残されている理由は、機器の状態の良さなどがあるのかもしれないが、「製造番号が7のゾロ目」だからというのもあるのかも。
なお、数年前までは「775号機」も秋田に在籍したのだが、廃車され、2007年に開業したさいたまの鉄道博物館に展示されている。
右のED75が先に発車2種の機関車が一瞬並び、十数年以上昔のような光景。(国鉄時代は両形式で微妙に赤の色味が異なったけれど)
ED75の後ろには、青い客車が1両だけくっついていた青森所属の寝台車(ブルートレイン)のようだ。ピカピカだったから土崎工場で定期検査を終えて、帰るところだろうか?(進行方向が逆だけど??)
僕は子どもの頃、EF81は大柄で正面の“顔つき”がいかつく感じられ、あまり好きになれなかった。一方、ED75は、どことなく優しい顔と小柄(EF81より4メートルほど短い)な車体で好きだった。久々に元気に走る姿を見られてうれしかった。