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消えた壁バス停

今まで、「変わったバス停」、すなわち「ポールが立っている」形式ではないバス停を2種類ほど紹介した。
秋田市自衛隊入口」(新国道経由上り側)の電柱に巻き付けた“電柱広告風”バス停
弘前市「桔梗野」(上り側)の掲示板状の枠にバス停っぽいデザインの紙を入れた“絵にかいたバス停”
である。
この仲間に入れるべきバス停をもう1つ知っていて、いつか実物を拝見しようと思っていたのだが、後回しにしていた。
ところが、考えてみると、そのバス停はもうなくなってしまっていることに気がついた。路線が廃止されたため。
今さらながら、廃止後の2014年8月撮影のGoogleストリートビューの画像でたどってみます。


そのバス停は、南秋田郡五城目町にあった。
朝市が開かれる「下タ町通り」の1本東側、「上町通り」の「小池町」下り側停留所。
上町通りを北進(下りバスの進行方向)。右のカーブミラーに撮影車が写りこんでいる
実は上の画像に、そのバス停の痕跡が写っている。
左側にある、
時計・眼鏡屋さん
その壁に注目。

店舗手前側の側面にベンチがあって、その上の壁に逆「U」字状に壁の色が濃くなっている部分がある。

これが「小池町」バス停の面影。

在りし日の小池町は、バス停を示す表示板がお店の壁に“貼り付けられて”いたのだった。いわば「壁バス停」。
その表示板のデザインは、ポール式バス停の「バスで行こう」の看板部分と同じデザインだった。
(再掲)このタイプ
「バスで行こう」より上部が見える状態で、バス停名は手書き文字。その下の「次は~」の部分に時刻表が貼られていた。

実物を見たことがないので、バス停看板の材質は不明。ポール式バス停とほぼ同一の見かけだったので、同じ金属板だったのだろうか。
撤去された跡の壁の色が変わっているのは、経年劣化ではなく、バス停設置(貼付)後に外壁の塗り替えが行われていて、以前の濃い色が現れたのだろうか。
いずれにしても、壁にバス停が密着されていたことになる。
壁はレンガ風の新しい建材のようだ。継ぎ目の凹凸があって貼り付けにくそうだし、比較的最近にバス停が貼られたのだろうか。

こんな“壁バス停”は、全国的にはまれに存在する。
多くは、ポールを置くスペースがない場合だと思われるが、小池町もそうだろうか? 特別に狭そうではなく、ポールくらい置けそうな気もするけど。反対側から歩いて来る人はバス停を見落としてしまう可能性もあるし、お店にしたって壁にバス停を貼られるよりは前にポールを置いたほうが負担は少ないだろう。


今はバス停でなくなり、お店が設置しているのであろうベンチだけが残る小池町。
かつては、五城目バスターミナル発着の2路線が走っていた。大繁へ行く「内川線」と、滑多羅へ行く「高樋線」だそう。
高樋線は元は上小阿仁村沖田面まで行く「沖田面(おきたおもて)線」で、秋北バスと共同運行していた。2008年に短縮・中央交通単独運行となり、2010年に全区間廃止。内川線は2013年に廃止。
ストリートビュー撮影から時が経っているから、今は壁の跡は残っているだろうか。
マピオンの地図には、今も廃止されたバス停が残る。「福禄寿前」から「今町」まで、どれも現存しない
現在の五城目町では、八郎潟駅秋田市へ向かう路線以外の路線バスは走っていないことになる。
廃止路線の代替については、よく分からない。一時期循環バスがあったがやめたようだし、住民限定(要利用登録)の代替交通がある地域もあるらしいが、町のホームページなどに明確な説明はない。【8日追記】この状態では、ふらりと訪れたよそ者には、公共交通機関がないも同然。
鉄道がない町で高校や商業施設もあるのだから(=潜在的需要はあるはず)、路線設定やPR次第では、もう少しは路線が残っていてもいいようにも、よそ者には思えてしまう。
そして、五城目は中央交通の発祥の地であり、今も社長さんがお住まいだとか。そんな場所にしては寂しい限り。
五城目に限った話ではないわけだが、町村の末端部の公共交通は壊滅的な状況であることを、「壁バス停」の消滅からもうかがい知ることができる。