まずは帯色。Wikipediaでは、その変更理由を「経年や太陽光(紫外線)による色褪せが著しいことから」としている(出典不明)。たしかにそれもありそうだが、鉄道車両の特に前面の帯は、視認性を高めて、存在を気付かせる「警戒色」の意味もある。薄いと目立たないという理由もあるかもしれない。
種村直樹氏だったかと思うが、当初の帯を指して「ずいぶんと目立たない色の帯にしたものだ」という趣旨の感想を記していた。
2000年代前半(の早い時期)に段階的に濃い色に替わっていったが、2003年時点では新旧が混在し、2004年1月でも未交換の編成がいた。
2003年6月 秋田駅。手前2両はN34編成。隣は485系特急かもしか
2003年7月 手形陸橋下。N19編成とN25編成
2004年1月 弘前駅。N27編成とN12編成↑雪が降りしきる中では、新色のほうが視認性が高いのが分かる。
ここで帯色以外について少々。
現在は、正面の貫通扉のガラス上部に、白文字で編成番号が表記されている。導入当初はなく、正面から編成番号を識別する術はなかった。
前回掲載した、2002年4月の旧色帯の車には、まだない。
上に掲載した2003年以降では、旧帯の車でも編成番号が表示されている。このことから、帯色変更よりも先に、編成番号表記が行われたことになる。
それと、上の2004年の弘前駅で左側・新帯のN27編成、クハ700-27では、車内(向かって左のガラス上部)のワンマン用ミラーが丸い。
基本番台車では、このミラーは横長の平面鏡が原則だが、破損などして交換されたのか、一部でこのような円形の凸面鏡が付いている。なお、追加導入された100番台車は、最初から円形。こういう細かなバリエーションはいろいろある。
現在、LEDの行き先表示の部分が、この時点では「普通」と種別表示の幕になっているのも相違点だが、それはまた改めて。
車内。
ここで詳しくは取り上げないが、吊手(つり革)も当初と変わっている。基本番台は、レール方向のみに設置され、当初は握る部分(手掛け)は丸いものだった。かなり早期(
100番台は、枕木方向にも、短いものが少し設置。手掛けは、当初からミカミ製の五角形で変わっていない。両者でベルト(紐)の色も異なり、100番台のほうが茶色っぽい。
【27日補足・100番台より後に製造された、盛岡地区、田沢湖線用、山形線用の701系では、0番台の交換後と同じ、おむすび型が最初から設置されているようだ。】
【23日補足・JR東日本の他の形式同様、近年、優先席のつり革が、オレンジ色の長いものに交換されている。それ以前は他の席と同じつり革だった。】
では、座席の色柄について。
2002年3月 基本番台
2003年8月
座席の布地(シートモケット)が、導入時は、帯色に近い、ピンク色だった。
濃淡のピンクの細かい格子というか、薄いピンクに濃い■が並ぶような。柄としては秋田市営バスや、E3系つばさ、E6系を、色を替えて細かくしたもの。
一見、仙台地区の701系(秋田でも、再移籍した100番台で一時期見られた)や、国鉄211系電車(JR東海静岡地区などで現存)のものに似た雰囲気だが、微妙な色あいや、柄はそれらと異なる。
優先席(※)は、
※JR東日本では、優先席を1997年までは「シルバーシート」と呼んでいた。その名の通りの色だったことになる。当初は背もたれも同じ柄で、後に(上の写真の通り2003年で変更済み)エンジ色の斜め線に替わった。
優先席の位置は、現在はトイレがない車両(クモハ701形、サハ701形)では、連結部のすぐそばだが、当初は、現在のクハ700形と同じ、ドアの間の後ドア側だったはず。
2000年代中頃~後半だろうか、緑系統のモケットに、順次取り替えられた。
ピンク色は色が薄いせいか汚れが目立ち、座面のももが当たる付近は黒くなりがちだったと思う。その対策だと思われるが、なぜ緑色なのかは分からない。
緑色でも、2種類のモケットが存在した。遠目には同じ色合いに見えるが、柄や触り心地は異なる。
2011年7月先に出たのがこれで、現在は見られなくなった。

緑色のほか、黄色と青と黒の糸も使って、規則的に織られている。触った感じは平滑でなく凹凸があって、優先席の背もたれのものに似た感じだったか。
全車両に波及せずに、次の柄にシフトしていったかもしれない。
後に現れたほう。少なくとも2013年2月には存在し、現在は全車両がこれになったはず。

再び平滑な布になり、色合いが複数ある三角形を並べた、ウロコ模様。ちょっと珍しい感じがするが、他の地域や形式では使われているだろうか。
さらにこまごまと、またいつか。→続きは行き先表示について。